今回はよりランニング(陸上中長距離)をディープに楽しむためのまるマガオリジナル企画として、NPO法人湘南トラッククラブ・インターナショナル代表で、関東学院大学陸上部ゼネラルマネジャーも務める上野敬裕(うえのたかひろ)さんのロングインタビューを掲載させていただきました。
陸上界で長い期間独自路線を歩み続けてきた上野さんのお話は視野が広く、いつ聞いても新たな発見ばかりです。どうぞお楽しみください。
コーチングについて
山崎竹丸(以下まる):昨年、上野さんの愛弟子である岸川朱里選手(日本選手権女子800m2連覇、広州アジア大会4位)が日本選手権をラストレースに現役を引退されましたが、現在のコーチとしての活動状況を教えてください。
上野コーチ(以下上野):現在は、大東建託パートナーズに所属している大宅楓選手(おおやかえで)1名をコーチングしています。
久しぶりの長距離種目のコーチングは新鮮ですね(笑)距離走の給水や、車での伴走など、懐かしく感じています。
まる:上野さんは多くの実業団や学生チームとは違い、少人数制のコーチングを重視していますよね?
上野:あくまでも個人的な考えですが、女子選手のコーチングは、少人数、種目を分けて、1人1人きめ細かく対応した方が良いと考えています。
レナート・カノーバ氏(世界各国のトップランナーの練習プログラムの作成に関わっているケニア在住のイタリア人コーチ)のスタイルが理想です。
よく、集団で競り合わせた方が良いという方がいらっしゃいますが、私は、身がもたないですね(笑)トレーニングで潰し合いになってしまい、勝ち残った選手は、強くなると思いますが、脱落してしまった選手は、フェードアウトしてしまいます。
自分の子供が、そんな立ち場だったら、やりきれないですからね…
まる:ぼくもランニングクラブの練習会では、トラックのスピード練習は競い過ぎないように注意していますが、ついムキになってしまうので難しいですよね。
上野さんの個々の特徴を重視したコーチングは、競技人口の少ない地方の選手やコーチにとっても参考になるように思います。
上野:大宅選手を、コーチングして、ちょうど1年半くらいですが、ようやく特性や、調整方法がわかってきました。
まだまだ力はありませんが、逸材ですね。
走りのセンスや運動神経がいいことに加え、ハートの部分も、いいものを持っています。
3000mSCへの参戦は、2018年からになりますが、是非楽しみにお待ち下さい。
2020年の東京五輪に向けて、長期プランで中距離種目から徐々に3000m Steeple Chase(=水濠ハードルがある障害物種目)に移行していく大宅楓選手。
"ゼネラルマネージャー"という役割
まる:上野さんのもう一つの顔である、関東学院大学陸上部”ゼネラルマネージャー”という役割についてもう少し詳しく教えていただけますか?
上野:2014年4月から、ゼネラルマネージャーに就任し、チームの編成や、高校生のリクルーティング、外部との渉外業務など、幅広い業務を行っています。
メジャーリーグ、プロサッカーチームでは、知名度のあるゼネラルマネージャー職ですが、陸上競技の世界では、まだまだ認知度が低い役職ですね。
実業団、大学チームには、ゼネラルマネージャーと似たようなポジションの方がいらっしゃいますが、現場を知っていて、実際にコーチングに携わったことがある人材は、数少ないと思います。
2014年就任当時は、監督不在、チームの混乱など、いわば最悪の状態でした。
一番大変だったのが、監督の人選。内外からの売り込みに加え、5人ほどリストアップして、交渉にあたりましたが、最終的には、現監督の中川禎毅監督を招聘しました。
外野は、大物監督を連れてこい!選手としての実績を、重視しろ!とか言いたい放題でしたが(笑)、当時のチーム状況や、予算を考えた時、「学生の目線に立ち、丁寧にきめ細かく指導できる人物」が必要と判断し、中川監督の招聘に至ったわけです。
中川監督は、新電元という社業と競技の両立を重視するチームの中で、独学で、10000m28分41秒をマークし、仕事の面でも大変期待されていました。
誠実な人柄に加え、民間が、長かったこともあり、周囲との協調性や、コスト意識にたけていたことも招聘の決め手になりました。
予算青天井で、リクルーティングにもお金をかけ、留学生も…といった感覚の方だと、うちのニーズには、まず合わないですからね(笑)
オーナーの方針、ニーズ、限られた予算の中で、チーム強化を担うゼネラルマネージャー職は、今後、陸上界の新たなポジションとして、根付いていくと思いますし、根付かせたいですね。
海外での経験、ロンドン世界陸上の注目選手
スイス・ルッツェルンにて、マラソン&ハーフ米国最速記録保持者のライアン・ホール選手との記念撮影。
まる:常に世界で戦う事を意識して活動してこられた上野さんですが、海外でのエピソードや体験を教えていただけませんか?
上野:今まで、陸上競技関係で訪れた国は、アメリカ、カナダ、メキシコ、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、タイ、ベルギー、スペイン、スイス、オランダの12か国になります。
それぞれのお国柄があって、日本との文化の違いを感じることも多々ありました。
幸いなことに、大きなアクシデントはありませんが、小ネタはたくさんあります(笑)
今になって、振り返ってみると、言葉も話せないのに、よく、合宿や試合をしてきましたね(笑)メキシコで合宿した時は、英語がほとんど通じず、焦りました。スペイン語の指差し本で、切り抜けましたが、大切なのは、伝えようとする気持ちかなと思います。
まる:大切なのは伝えようとする気持ち…確かにぼくも実際海外マラソンを走りに行って実感しました。
もうすぐロンドン世界陸上が開幕しますね(8月4日~13日・現地時間)。イギリスは目の肥えた陸上ファンも多く、どの種目も盛り上がりそうですが、上野さんが中長距離種目で注目している選手はいますか?
上野:ロンドン世界陸上は、昨夏お世話になったジェニー・シンプソン選手(女子1500m米国代表)に注目しています。
Jenny Simpson: Transcend (Official Trailer)
まる:ダイミナミックな腕振りが特徴で、積極的なレース展開も面白いですよね。ぼくも好きな選手の1人です!しかし今年の女子1500mは若手の台頭もあり、物凄い激戦になりそうですね。ファンにとっては楽しみですが、選手は大変です。
上野:そうですね。キピイエゴン、ディババ、ハッサン、ミューア…ジェニーにとっては、厳しい戦いになると思います。
ただ、メダル争いや記録を超越した部分で、彼女の生き様というか、ランナーとしての姿勢の部分を、日本の方に、見て頂きたいですね。
彼女の競技人生は、必ずしも順調なことばかりではありませんでした。失敗から学び、諦めなければ夢は叶うと信じて取り組んできた結果が、リオの銅メダルだったと思います。
個人的には、もう一度、3000mSCに挑戦し、エマ・コバーン選手(ジェニー選手の元チームメイトでリオ五輪銀メダリスト)との対決を見たいのですが、昨夏、これから3000mSCに取り組む大宅選手に対し、「凄いわねー、信じられないわ 笑」といった反応でしたので、再トランスファーは、なさそうです(笑)
まる:ぼくも一度だけ3000mSCのレースに出た事ありますけど、本当に過酷な種目ですよねぇ。片手間で取り組むのは難しそうです。
上野さんは、本当に海外の選手をよく見ていますよね。2020年には東京五輪も開催されますが、個人的には日本の陸上、特に長距離界は内向き過ぎる印象があるんです。”メダル、メダル”と言うけれど、実際本番で戦う海外選手の事はほとんど知らないし、興味が無い…
上野:昔から、選手のデータや、バックグラウンドを調べるのが好きだったんですよ。 どんなレースに出てるのか、レースパターンや、短所や長所、コーチはどんな方で、どういった趣向の持ち主なのかなどなど。特にライバルになるような選手は、徹底的に調べます(笑)
山崎さんが仰るように、日本の長距離界は、内向き傾向ですね。 少し古い話になりますが、ロサンゼルスオリンピックの時、瀬古利彦選手(当時)の指導者だった中村清監督は、レース前から、金メダルを獲ったカルロス・ロペス選手の動向を気にかけていらしたそうです。当時マネージャーだった村尾慎悦氏に、「ロペスはどうしてる?」と… メダルを獲ろうと考えたら、もっと情報収集や、データ収集に力を入れて、戦略を練っていく必要性を感じますね。「相手を知る」ことのメリットは大きいと思いますから。
市民ランナーへのアドバイス
昨年秋に高知春野合宿中に、上野さんと岸川朱里さんをお招きしての動き作り教室も開催させていただきました。
まる:ランニングクラブのコーチをやっている自分としては、ぜひ市民ランナーへのアドバイスもいただけるとありがたいのですが。
上野:個人的には、実業団とか市民ランナーという括りはなくて、同じ陸上競技、ランニングの仲間という感覚です。 ちょっと甘いのかもしれませんが、「陸上競技、ランニングを楽しむ」ということが、強くなる一番の近道ではないでしょうか。
まる:オススメトレーニングはありますか?
上野:私のオススメのトレーニングは、クロスカントリーコースでのインターバルトレーニングです。 冬季トレーニングに入ると、高知の春野陸上競技場に併設されているクロスカントリーコースを利用していますが、心肺機能の強化や、ランニングエコノミー(効率)の改善、脚筋力強化など、二重三重の効果がありますね。
少ない本数でも、効果は絶大で、ロードに比べ、脚にも優しいと思いますので、機会があれば、ぜひ取り入れて頂ければと思います。
今後の世界への挑戦、そして2020年の東京五輪に向けて
まる:最後に、今後の世界への挑戦、そして2020年の東京五輪に向けての意気込みを聞かせて下さい
上野:コーチとしての目標は、大宅選手の代表入り、これにつきますね。 このトランスファーが成功すれば、日本のsteeplechaseが大きく変わるはずです。
また、自分達にしかできない取り組みを、仕掛けていこうと思います。 昨年のコロラド大学訪問に引き続き、今年もある計画を立てています。山崎さんには、少しお話させて頂きましたが(笑)、乞うご期待です。 マネジメントの部分では、東京五輪に向けて女性人材の育成に、力を入れていきたいと考えています。
この件に関しては、東京五輪が決まる前から準備を進めていて、いよいよ機は熟してきました。こちらは別の機会に、じっくりお話できればと思います。
まる:今後のご活躍、そしてファンがアッと驚く計画も(笑)期待しております。ありがとうございました!
・関東学院大学 陸上競技部 | KGU AthleticClub WebSite