ヒルトレーニングとは坂道の傾斜を利用したトレーニングの事です。
ヒルトレーニングはランナーに様々な恩恵をもたらしてくれます。
筋力アップ、心肺機能の向上、フォームの改善、様々なコースに対応するレーススキルアップ…
またスプリントのように走ったり、じっくり長い坂を走ったりと練習のやり方によっても身体への刺激が変わってきます。
ここでは世界のトップランナーも取り入れている7パターンのヒルトレーニングを紹介していきます。
- 1.ショートヒルインターバル
- 2.ロングヒルクライムラン
- 3.ロングヒルインターバル
- 4.リディアードのヒルサーキットトレーニング
- 5.テンポラン+ヒルトレーニングの組み合わせ
- 6.ヒルスプリント
- 7.芝生のクロカンコース(orなだらかなアップダウン)のテンポ走
- 下り坂のトレーニングについて
- 補足・ヒルトレーニングを行う時期について
1.ショートヒルインターバル
このように短い坂道を、“全力ではないが、それに近いペース”で駆け上がる事によって、股関節周りの大きな筋肉や上半身の筋肉も鍛えられ、また心肺にも大きな刺激を与える事ができます。
・メニュー例
200m短い急な坂道×10〜20(休憩はゆっくりジョギングで元のスタート位置に戻る) 。半分を平地で行うといったやり方もある。
(前後に10-20分のウォーミングアップとクールダウンjogを行う)
2.ロングヒルクライムラン
このようなトレーニングはボストンマラソンのような後半に上り坂があるコースの対策だけではなく、足の衝撃を少なく基礎的なスタミナ作りをするのにも効果的です。
ですが、身近に箱根駅伝の5区のようなずっと上り坂が続くコースを探すのは大変です。
また車かロープウェイ等のサポートでも無ければ下りも同じ距離を走らなければいけません。
そこでテレンス・マホンコーチは簡易版としてトレッドミル(ランニングマシーン)の傾斜を利用したヒルトレーニングを勧めています。
・メニュー例
30-60min or20min×2-3 UP-hill Tempo(4-8%の傾斜)
※テンポ走とはここでは最大心拍数の85%前後の力配分で行うトレーニングの事を書いています。
エリートランナーにとってはハーフマラソン~マラソンペース、10kmを60分前後で走るビギナーランナーにとっては10kmレースペースが目安になります。
このトレーニングの欠点としては、心拍数をかなり上げて走っても普段のジョギングか、それ以下のペースになってしまうのでスピードは不足してしまいます。
マンモスレイクトラッククラブでは午前中にこのトレーニングを行い、午後に150-200mのスプリント走を5~6本行う事で脚を素早く動かす感覚を忘れないようにしています。
ヒルクライム走を終えた後に平坦な場所で100m程度のスピード走を何本か入れるだけでもスッキリした気分で終わるはずです。
ライアン・ホールのボストンマラソンに向けたトレーニングが記載されている本Running with Joyも発売されています。
トップ選手の14週トレーニングが一日一日詳細に書かれている貴重な一冊です(英語)。
日本のランニング雑誌では長い坂を上って下る「峠走」というトレーニングもよく目にします。下り坂は脚の負担が大きいのでやり過ぎは禁物ですが、マラソンランナーにとっては衝撃を受け止める筋肉を鍛えるというメリットもあります。
トレッドミルを使ったヒルトレーニングに関しては、ダニエルズのランニング・フォーミュラ がかなり参考になります。
3.ロングヒルインターバル
ロングレペテイション形式のヒルトレーニング。
オーストラリアのトップランナーが数多く所属しているメルボルントラッククラブでは毎週土曜日に800m(または3分)×6の上り坂走を行っており、練習の目的は筋力強化やVo2max(最大酸素摂取量)の向上が挙げられます。
坂を力強く駆け上がっていけば、自然に脚も呼吸も追い込まれていくはずです。まずは距離より時間を目安にして行ってみましょう。
・メニュー例
3min Up-hill×5-6(5-10kmレースの力配分で)
休憩はジョギングで元の位置に戻る
バリエーション
(3min-1min)×3-5(1分の部分は3分の部分より速く走る事を意識する)
400-800m Up-hill rep トータル4km前後
動画の練習風景のように、自然の土道で走れればもっと気持ちよさそうです。
アスファルトのロードでも問題無いと思いますが、下り坂のジョギングで脚に負担が大きくなるので、軽量かつ、ある程度クッションもあるシューズを使うのがオススメです。
ぼくは家の近くに丁度良い800mの坂があるのでこのメニューはヒルトレの中では一番行いやすく、ショートヒルインターバルと同じくシンプルで実施しやすいのも良い所です。
☆アレンジ
この練習はショートヒルインターバル以上にスピードを出すのが難しいので、少し本数を少なめにして、最後に平地でのインターバルで刺激を入れるというやり方もあります。
米国トップトラックランナーのベン・トゥルー選手は3分坂道走X4の後、平地での3分走や、1kmインターバルを計2〜3km程度行なっていました。
ハードなスピード練習を週2回行う場合は、例えば1回は坂道と平地の組み合わせインターバル、1回はペース走にしたりすると、様々な刺激を入れる事ができます。
4.リディアードのヒルサーキットトレーニング
ヒルトレーニングといえば、「リディアードのランニング・バイブル 」を思い浮かべるランナーも多いのではないでしょうか?
アーサー・リディアード氏(ニュージーランド)といえば、60~70年代にかけてピーター・スネル、マレー・ハルバーグといった数多くのオリンピックメダリストの指導に関わっており、その確立されたトレーニング理論が書かれた本は今なお多くの指導者にとっての“バイブル”となっています。
昔、ピーター・スネル氏(引退後は運動生理学者に転身)が来日した際の講演に参加したことがありますが、世界で最も有名なコーチと言っても過言ではないでしょう。
リディアードの提唱するヒルトレーニングでは、ただ走るだけでなく坂を使ったエクササイズで身体全身をまんべんなく鍛えることを目的としています。
・3つのエクササイズ
スティープヒルランニング…上り坂でのモモ上げ走。前モモや腸腰筋(付け根付近)の強化。
ヒルバウンディング…身体全体を大きく使って身体を前に運ぶ。ハムストリングスやお尻の筋肉の強化。
ヒルスプリンギング…足首周辺のバネを使って上にチョーン、チョーンと跳ねる。ふくらはぎ、アキレス腱の強化。
リディアードファウンデーション
最初のうちは無理に坂の距離や本数を決めず、トータル15分ほどで行う。
※必ず最低15分程度のウォーミングアップjogを行う。
リディアードはこの他にも下り坂をスピードを上げて走るヒルストライディングを勧めていますが、固いアスファルトの路面だと故障のリスクも大きいので、芝生のコースや緩やかな下り坂が無ければ無理に行う必要はないでしょう。
リディアードの本家ヒルトレーニングでは、これを常にジョギングを挟みながら行い、平地に戻ったら”流し”も行うかなりハードな内容になっています。
リディアードは期分け(ピリオダイゼデーション)をとても重視しており、これはマラソンコンディショニングトレーニングという基礎作りが終わってから行う練習なのです。
ですが、初心者や動き作りをあまり行っていないランナーは上の三つのエクササイズを普段のトレーニングに少しづつ取り入れていくだけでもスピードや筋力強化、フォーム改善に効果的です。
5.テンポラン+ヒルトレーニングの組み合わせ
第一回世界選手権マラソン王者のロバート・ドキャステラ氏の組み合わせトレーニング。(上の写真はゴールドコーストマラソン前日パーティでキャステラさんとの記念撮影)
坂道インターバルはスピードアップや筋力強化にはとても有効なトレーニングですが、ハーフ~フルマラソンのレースでは特に大事な一定のペースで速く走る要素が不足してしまうという欠点があります。
そこで、坂道インターバルにテンポランを組み合わせると、一回の練習で身体に様々な刺激を与える事ができます。
元マラソン世界記録保持者のロバート・ド・キャステラは、ヒルトレーニングをとても重視しており、毎週火曜日にはキロ3分前後ペースでのテンポ走を2-3マイル(3.2-4.8km)を行った後40秒~60秒上り坂をほぼ全力で走っていました。
キャステラさんはヒルトレーニングは長い坂をペースを落として行えばフォームが崩れてしまうので、短く急な坂を全力に近いスピードで走ることにこそ価値があると考えていました。
ビギナーランナーにとっては上り坂を全力に近いペースで走るのはかなり過酷なトレーニングのように感じるかもしれませんが、足にかかる衝撃自体は大きくないので、平地でいきなり全力走を行うよりはむしろ故障のリスクは少なくなります。
・メニュー例
3-5kmテンポ走(LT、15km〜ハーフマラソンレースペースが目安)+40-60"hill(短く急な坂)×8
マラソン選手や体力のあるエリートランナーは坂インターバル後、さらにテンポ走を追加するのも有効。まだスピード練習に慣れてないビギナーは坂インターバルは5本程度でよい。
他に類を見ないボリュームが特徴の「ランニング事典」ではキャステラさんを始め往年の名ランナーの練習法が記載されています。
☆エリートアレンジ
さらに体力のあるエリートランナー向けのアレンジとして、坂インターバルの後にさらに3kmテンポ走を追加する方法もあります。
効果としては
・乳酸を大量に発生させ、その後ある程度のペースで“走りながら回復させる”感覚を学ぶ(ハイペースで走る恐怖感が無くなり、心理面でもプラスの効果がある)
・坂でより多くの筋繊維を動員した後、テンポ走で“目覚めた筋肉”の持久力をアップさせる。これにより後半も脚力が残りやすくなる。
等が挙げられます。
序盤からハイペースの対応、後半のペースダウン対策どちらにも効果が期待できます。
イーブンペースでは走れても、レースのペース変化が苦手というランナーはぜひ取り入れてみてください。
6.ヒルスプリント
短くて急な坂道を全力で駆け上がるトレーニングです。
これはショートインターバルとは全く異なる練習で、間の休憩は完全に息を整えてからスタートします。
この練習の目的は長い距離をゆっくり走るだけでは使えていない眠っている筋肉を呼び起こす事です。
また全力で走る事に慣れていないランナーにとっては、平地より脚への衝撃が少なく安全に行いやすいという利点もあります。
ケニアのトップ選手を指導するレナート・カノーバ氏は80-100m×10といったヒルスプリントをマラソン選手にも定期的に行わせています。
アテネ五輪マラソン金メダリストのステファノ・バルディーニもヒルスプリントを週1回行っていました。
マラソン選手には一見必要の無さそうな練習に思えますが、坂を全力で駆け上がる事で、平地のランニングだけでは使えない、より多くの筋繊維を動員する事ができます。
長い距離のレースでは後半に疲労が溜まると、眠っていた筋繊維を使う事が余儀なくされるので、ヒルスプリントはその準備的な役割を果たすのです。
このトレーニングでは有酸素的な刺激はほとんどなく、純粋な筋力トレーニングといった位置付けと考えた方が良さそうです。
インターバルトレーニングと比べて、何日も疲労が残ったりする事はないので、大事な練習の前日や、90分〜2時間程度のロング走の翌日に行うのも有効です。
7.芝生のクロカンコース(orなだらかなアップダウン)のテンポ走
シンプルにテンポ走を適度なアップダウンのあるコースで行うだけですが、上りで乳酸を発生させ、下りではより大腿四頭筋(モモ前)に強い負荷がかかる事によって、平地のテンポ走より様々な刺激を与える事ができます。
通常は目標のマラソンレースから離れている時がオススメで、特に普段はイーブンペースでしか走ってないランナーには大きな効果が期待できます。
傾斜が急過ぎるとインターバルトレーニングのような負荷に近くなってしまい、また下り坂の衝撃が強くなり過ぎので故障のリスクも高まってしまいます。
なだらかな起伏のロードか、下りでもスムーズに走れる芝生のコースが見つけられれば最高です。
ぼくは春野運動公園にある660mの芝のクロカンコースを利用して行っています。
・メニュー例
なだらかな起伏、20〜40分のテンポ走(15km~ハーフマラソンレースペースの力配分)
通常は目標のレースから遠い時期に行い、あまりペースに拘り過ぎない。レースが近い時期にはフラットなコースでペースをコントロールしながら行う。
下り坂のトレーニングについて
下り坂のトレーニングについては
①楽に速いスピードが出せる事で最大スピードを高める事ができる
②平地より強い衝撃を受け止めなければいけないので、大腿四頭筋を鍛える事ができる
といった効果が挙げられますが、下りでスピードを上げて走るのは故障のリスクも高いため、慎重に取り入れる必要があります。
簡単に実施できるメニューとしては100m程度の緩やかな下り坂を使い8割程度の力配分で“流し”を行う事です。リラックスして速く走る感覚を掴む事ができます。
上級者向けのトレーニングとしては、芝生の下り坂コースで目標のレースペースより速いペースで1km走、ジョグより速いペースでスタート地点に戻って繰り返し、という変化走を5〜7セットほど繰り返す練習です。かなりハードな上、コースを見つけるのも難しいです。ぼくは実業団チームの選手とトレーニングした時に広島の道後山クロカンパークのコースで行いました。
脚を鍛える効果については、ハードな下り坂トレーニングをマラソンの3週間前程度に一本入れるとレースのパフォーマンスが向上するという研究結果もあるそうです。
試してみる価値はあるかもしれません。
(参考)
Hill Training For Distance Runners - The Kenya Experience
補足・ヒルトレーニングを行う時期について
坂を活用したヒルトレーニングについては、基本1年を通して実施しても問題ありませんが、狙ったレースの直前に行うのは避けた方が良いです。
レースペースや動きに特有でないのと、筋肉への負荷が大きいので疲労感が残りやすいからです。
目標のレースから離れた基礎作り時期、レース期に入れたい場合は例えば日曜にレースを走ったら水〜木曜(3〜4日後)あたりが取り入れやすいです。