まるランニングマガジン

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高知のマラソンランナー・山﨑竹丸が走る事をもっとディープに楽しむ情報を発信していきます

クリス・ソリンスキー、奇跡の2010年全レース振り返り[非アフリカ出身選手初10000m26分台]

2010年に10000mデビュー戦で、非アフリカ出身選手初の26分台という快挙を成し遂げたクリス・ソリンスキー
その後も躍進が期待されたが、2011年以降は度重なる故障に苦しみ、リオ五輪選考会を前にして引退を発表。

10000m26分台のインパクトが強過ぎたゆえに、”一発屋”的な見られ方をされがちな選手ではあるが、全盛期を見てきたファンにとってはワールドクラスの真の実力者として認識されていたはずだ。

185㎝・75㎏という長距離選手としては規格外の体形の持ち主でありながら、非常に高い長距離適正を備えており、強烈なロングスパートとコンスタントにまとめる粘りが持ち味のランナーだった。


今回は世界の中長距離界を最高に熱くしてくれたソリンスキーの奇跡の2010年を振り返ってみたいと思う。

・2010年レース全成績
1/31シアトル1マイル3:55(PB・1位)
2/28全米室内3000m8:13(3位)
5/5パロアルト10000m26:59.60(AR・1位)
6/4オスロDL5000m12:56.66(PB・6位)
7/3ユージーンDL5000m13:08.11(7)
8/6ストックホルムDL5000m12:55.53(PB・4位)
8/19チューリヒDL5000m12:56.45(3位)
8/29リエティWC3000m7:34.32(PB・5位)


シーズン初戦でラップに勝利。しかし全米室内ではリベンジを許す
前年は全米選手権5000mで2位に入り、ベルリン世界陸上では決勝進出と健闘したソリンスキー。

冬季は例年どおり走り込みを中心に行いつつも、スピードを鍛えるために室内レースに出場。

初戦のワシントン室内1マイルではゲーレン・ラップに競り勝って1着でゴールした。
ややラストのスプリント勝負は苦手としていたソリンスキーだが10000mをメインにしているラップにはキッチリ勝っておきたかった所だろう。

しかし全米選手権3000mではラップにリベンジを許し、3位で世界室内代表権も逃してしまった。

10000mランナーでありながら中距離種目にも積極的に取り組んできたラップは世界室内でも5位入賞を果たした。

ワシントン室内1マイル動画


世界に衝撃を与えた非アフリカ出身選手初の10000m26分台

ソリンスキーのコーチは全米最高の長距離コーチと名高いジェリー・シューマッカー。
シューマッカーはグループトレーニングを重視しており、始動する選手をあまりレースに出さない調整法で知られている。

ソリンスキーは冬は上記の室内レース2つ以外はレースには出場せず、走り込みを中心とした練習をこれまで以上に行い、8マイルのテンポ走を坂の多いコースでマイル4分40秒(2:54/km)のペースで行った。
このトレーニングを見たシューマッカーコーチは5月にソリンスキーを10000mに初挑戦させることに決定。

舞台は数多くのナショナルレコードが誕生した伝統の大会、Payton Jordan Cardinal Invitational(日本ではカーディナル招待という名称が有名)だ。

当初この大会で主役と思われていたのは10000mのエース、ゲーレン・ラップ。
ベルリン世界陸上10000mで8位入賞と徐々に世界的にも実績を残していったラップだが、自己記録は3年ほど更新していなかった。

この時、なんとしてもラップに全米記録(当時の全米記録は27:13.98)を狙わせたいアルベルト・サラザールコーチが、数日前になって「条件次第ではオレゴンの競技会に切り替えることも考えている」と発言。

結局ラップはカーディナル招待に出場することになったが、トップランナー同士の対決を楽しみにしていたファンに水を差すような発言に批判の声が挙がった。

レースがは27分前半を見据えたハイペースで進み、集団は早い段階でかなり絞られ5000m通過の時点で6人となった。

予想どおりラップがペースメーカーにピッタリつき、ラップの大学時代のライバルのチェランガ等も続く。
集団の後方でジョギングのようにリラックスして不気味に潜んでいたのが10000mデビュー戦のソリンスキー。

ソリンスキーの表情、リズムは後半になっても全く変わらない。
先頭を引っ張るラップには徐々に焦りの表情が見られ、フォームに力みが見られるようになってきた。

そしてラスト900mで溜めていたエネルギーが遂に爆発。
ソリンスキーは別次元の走りで後方のランナーを置き去りにしていく。
ゴールタイムはファン・関係者の予想を大きく上回る26:59.60。ラスト1000mは2分28秒でカバーした。

必死にソリンスキーを追ったラップは最後は力尽き4位でのゴールしガックリとうなだれたが、ラップも従来の米国記録を上回る27:10.74という好記録だった。

ラップ&サラザールのお膳立てされた記録狙いが、思わぬ伏兵によって打ち砕かれたことを痛快に見ていたファンも多かったようだ。


・レース動画M 10k F01 (Chris Solinsky *American Record 26:59 video, 2010 Payton Jordan)


この大躍進の理由を訪ねられたソリンスキーは、冬季トレーニングがうまくいったこと、好きなトレーニングはテンポ走やロングインターバルで頑丈な身体と高い有酸素能力こそ自分の武器だと誇らしげに語った。


本格的なトラックシーズンに突入。オスロDLで実力が本物であることを証明

10000mでは歴史的な快走を見せたソリンスキーだったが、あくまで主戦場は5000m。
5000mシーズン初戦はいきなり界最高峰の舞台ダイヤモンドリーグ。6月のオスロ大会だった。

前年のベルリン世界陸上の5000mのファイナリストではあるものの、世界的には中堅クラスだったソリンスキーがアフリカの強豪選手が集まるDLで通用するかは懐疑的に見る長距離ファンも少なくはなかったが、ここでも真っ向から渡り合い、12:56.66とアメリカ歴代3位となる好記録を叩きだし6位と健闘した。

このレース勝ったエチオピアのイマネ・メルガ。2010年の5000m戦線の軸になる選手である。
3位に入ったバーナード・ラガトは12:54.12と昨年デイサン・リッツェンハインが出した全米記録を更新。
ラガトは長距離王国ケニアから国籍を変えた選手ではあるが、ソリンスキーだけではなく、アメリカの中長距離界全体が覚醒しつつあった時期だった。


調整失敗したユージーンDL。軌道修正したストックホルムDLで再び自己記録更新。

中長距離の聖地・ユージーンでアメリカ勢の星として注目されたソリンスキーだったが、ラスト勝負の前に先頭集団から離脱し、少し内容に不満の残る7位という結果に終わった。

このレースで勝ったタリク・ベケレ(世界記録保持者ケネニサの弟)はアメリカ国内で行われた大会で初めて13分を切った選手になった(12:58.93)。

ソリンスキーはこの時トレーニングが抜けておらず調整失敗したことを反省し、1か月後のストックホルムDLではキッチリ修正してまた自己記録を更新することに成功した。

ストックホルムで勝ったのはここまでそれほど目立った成績を残していなかった34歳のマーク・キプトゥー(ケニア)。ここまで唯一2回勝っているイマネ・メルガはその他レースでも常に3位以内をキープし順調にDLポイントを稼いでいった。


・ソリンスキーのストックホルムDL前の調整練習
http://www.flotrack.org/video/351052-chris-solinsky-prerace-in-stockholm


DL王者イマネ・メルガと白熱のラスト勝負。

コンスタントに上位に入る安定感と、失敗も糧にし徐々に課題を克服していくソリンスキーに最終戦チューリヒでのDL初勝利の期待も高まる。

期待に応えるようにソリンスキーはこれまでで最高のレースを見せ、ラスト200mまでトップを狙えるポジションまで食らいつく。
しかし先頭を走るタリク・ベケレのロングスパートは勢いは衰えることはなくそのまま優勝。ラストの直線で激しく競り合ったイマネ・メルガにもあと一歩及ばずソリンスキーは3位でDL最終戦を終えた。

このレースでも12:56.45で走ったソリンスキーは米国で初めて1年で12分台を3回出したランナーになった。

最終戦で敗れたイマネはだったが、ポイントトップを死守し5000mのDLチャンピオンの座を勝ち取った。

さらにこのレースではあのモー・ファラーが初の12分台を記録し5位に入っている。
8月に行われた欧州選手権で5000m・10000mの2冠を達成し、ブレイクの兆しを見せいたファラーだが、この時は同程度のポジション(世界的には中堅クラス)にいたソリンスキーの活躍が刺激になっていたことを語っていた。
まさかこのファラーが、翌年世界王者になるとは誰も予想しなかっただろう。


誰もがソリンスキーの世界大会での活躍を信じて疑わなかったが…

躍進の2010年最後のレースはワールドチャレンジ・リエティ大会。
記録が出やすく、中・長距離種目の裏メイン的な大会としても知られている大会だ。

3000mでもアメリカ選手初の7分30秒切りを目指したソリンスキーだったが、序盤のハイペースにリズムを掴み切れず後半少し順位を上げて7:34.32でフィニッシュ。やや期待ハズレの感もあったが自己新記録でトラックシーズン最終戦を締めくくった。

なおこのレースではチューリヒでも勝ったタリク・ベケレが終始先頭を前のポジションをキープし圧勝。2位に入ったラガトは7分30秒を切り、ここでも全米記録を更新した。

ちなみにゲーレン・ラップはこのシーズン、ソリンスキーとは6戦して1勝5敗とほぼ完敗だった。
ラップとコーチのアルベルト・サラザールはこのシーズンを振り返り、今年はラストのスピード強化を中心に取り組み平均して週80マイルほど走ったが、ソリンスキーと比べて強さに欠けていたことを語っていた。

翌年ラップは徐々に週100マイルあたりまで走行距離を伸ばし、9月には10000mでソリンスキーの全米記録を更新。

一方ソリンスキーは今までの110マイル前後だった走り込みをさらに週120-130マイルまで増やしたが、これが引き金となり、以降はハムストリングスの慢性的な故障に苦しむことになる。

2011年の大邱世界陸上では代表権を勝ち取りながら直前で欠場。2012年にはロンドン五輪を諦め手術を決断する。


豊富な練習量を誇っていたソリンスキーだったが、それはマット・テゲンカンプやイヴァン・ジェーガーといった天性のスピードを持つチームメイトへの劣等感の裏返しでもあった。


手術から復帰後もソリンスキーの肉体は以前の厳しいトレーニングを耐えることはできず、結局元の輝きを取り戻すことは無かった。


・パロアルト10000m
1000m
2:47
2:43(5:31)
2:42(8:14)
2:41(10:55)
2:39(13:35)
2:43(16:18)
2:42(19:01)
2:43(21:45)
2:46(24:31)
2:28(26:59) last2Lap 60"・56" Last200m27" Last100m 12"1
・レース動画


オスロDL5000m
2:33
2:34(5:07)
2:38(7:46)
2:38(10:24)
2:32(12:56) last 400m 56"
Imane Merga 12:53 


・ユージンDL5000m
2:35
3000m・7:50
2:39(10:29)
2:39(13:08)
・ユージンDL2010レース動画


ストックホルムDL5000m
2:34
2:33(5:07)
2:38(7:46)
2:38(10:24)
2:32(12:55)last400m 58"
Mark kiptoo 12:53


チューリヒDL5000m
2:32
2:34(5:06)
2:38(7:44)
2:40(10:24)
2:32(12:56) last400m 56"
Tarik Bekele 12:55


・リエティWC3000m
2:27
2:36(5:03)
7:34(2:31) last400m 59"
Tariku Bekele 7:28


※タイムの計測は基本独自に調査したものです。若干のズレについてはご了承ください。