まるランニングマガジン

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高知のマラソンランナー・山﨑竹丸が走る事をもっとディープに楽しむ情報を発信していきます

今年は高知龍馬マラソンには出ません![ランナーの苦悩、ぼくにとっての龍馬マラソン]

未だに「龍馬マラソン頑張ってください!」という声をよくかけられるので、そろそろ書いておこうと思っていました。

今年は高知龍馬マラソンに出場はしません。

はじめて沿道で応援することになります。


・元々は出たくなかった一回目の龍馬マラソン 2014-02-19-22-38-53
2011年、22歳の3月にはじめて「びわ湖毎日マラソン」でマラソンを走りました。
30kmまでは2時間18分台も見えるようなペースで走っていたぼくですが、それからの悪名高い35kmの壁を存分に味わい、ラストは生ける屍状態でなんとかゴールに辿り、タイムは2時間26分37秒でした。
これ以降、ぼくはマラソンの未知なる魅力のすっかり虜になってしまいました。

ですが、マラソンに集中することは必ずしも良いことばかりではありませんでした。

故障を繰り返し、また仕事の面でも行き詰っていたことから、一時は引退も考えたことも。
そんな中、"とりあえず今回だけは出てみよう"と決めた2度目のびわ湖マラソンで自己記録を3分ほど更新する2時間23分台でゴール。

そんな経験から、心身共に自分を追い込むことは止め、競技も仕事もうまく回るようになってきました。

12月の福岡国際マラソンでも自己記録を更新し、マラソンの距離に自信もでてきたぼくは次なる挑戦を決めました。

地元の高知龍馬マラソンで優勝し、県内でぼく自身の知名度を高めて今後のキャリアにも繋げる…それがぼくの描いた青写真。

しかしぼくの夢は全国の有名な国際大会や、世界のマラソンに出場すること。
日本では2月は一番主要な大会が集中する時期です。高知龍馬マラソンとほぼ同じ時期に開催される沢山のビックレースがあります。
これらを避けて、知名度目的に地元の大会で優勝を狙うというのはぼくの本意ではありませんでした。

でも未来のことを考えれば、これがきっと近道になるはず…そういう思いでした。

そしてぼくが無事目標どおり優勝することができました。

ぼくにとっては絶対に負けられないレースだったのです。
でも「本当にこんなことで未来が変わるのかなぁ?」とも思いながら春野の青空を見上げていました。

地元メディアの力はぼくが予想していた以上でした。
優勝から数日間は親戚や家族の友人から電話がひっきりなしにかかり、故障時によく通っていた温泉でも声をかけられるようになり、新聞やラジオ等の取材も増えました。

ぼくが1人で走り始めてからずっと応援してくれた人達に祝福してもらった時は本当に幸せな気持ちでした。
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川内優輝選手の参戦
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そして2015年はあの川内選手の参戦決定です。
ぼくはこれを陸上人生最大のチャンスと捉えました。

2度目の龍馬マラソンについての詳しい内容はコチラの記事をご覧いただけたらと思います。

www.takemarun.com

 


・そして2016年、すぐにみんな忘れると思っていたが…
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世間の関心は熱しやすく冷めやすいものです。
また川内選手は、ぼくがまだまだただの凡人であることを痛いほど教えてくれました。

1年も経てばみんなぼくのことを忘れ、元通りの自分の夢に向かって走るランナーになると思っていました。

ですが今のぼくは、高知の沢山の人から声をかけられるようになりました。

「今年は龍馬マラソン出るの?」ならまだしも「龍馬頑張ってね!」「沿道で応援しゆうきね!」と言われるのは
正直結構しんどい部分ありました。

もちろん、こうやって声をかけていただくのはとてもありがたいことです。

もしかしたらぼくが川内選手から学んだことを少しづつ実践できていたからかもしれません。

ぼくは高知龍馬マラソン以降、高知のロードレースに積極的に参加し、なるべく地元のランナーの方とも交流するようにしていました。
元々人見知りで人前で話すことも上手な方ではありませんが、川内選手のように声をかけてくれる人達に対して誠実に接していれば、テレビに出なくなっても覚えてくれる人もいるのではないかと思ったからです。

・ぼくを変えてくれた高知龍馬マラソン
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龍馬マラソンのおかげでぼくは高知のたくさんの人に名前を覚えてもらえるようになり、走ることを教えるトレーナーとしての仕事も増えました。海外マラソンを走るという夢の後押しにもなりました。

また龍馬マラソンのコースは、ぼくが高校時代毎日通った高知市の町、いつも遊んでいた南国の町、中学の市の駅伝コースで何度も走った千松公園の近く、社会人ランナーで1年暮らした桂浜~春野と思い出が沢山詰まったコースでもあります。

ぼくは必ず龍馬マラソンに戻ってくるつもりです。

ただ、それがいつのことになるのかはわかりません。


・原点回帰。ぼくが一番自信の持てる丸亀国際ハーフ→びわ湖毎日マラソンのパターン
はじめにも書いたように2月は日本の主要な大会が集中する時期で、まだ出ていない別府大分マラソン、延岡西日本マラソン、そして東京マラソン。伝統のある青梅マラソン泉州国際マラソン、唐津10マイル、鹿島祐徳ハーフマラソン、福岡の日本選手権クロカンも出てみたい大会です。

とくしまマラソンでも入賞したぼくにとっては愛媛マラソンの上位の称号も欲しいところです。

他の大規模マラソンも
北九州マラソン、おきなわマラソン、京都マラソン熊本城マラソン、姫路城マラソンと数えればキリがありません。

既に何度も出場していますが、丸亀国際ハーフマラソンは四国でトップレベルのランナーと走れるまたとない機会で、これもできれば逃したくはありません。
本当に悩ましい時期なのです。

昨年は今後のことも考えて、短い期間での長い距離の連戦も何回も試してみましたが、ほとんどが失敗に終わりました。

ぼくにはまだまだ速い選手と戦うスピードが足りませんし、競技者として結果に誠実でありたいです。
失敗する事も大事ですが、闇雲に何度も同じミスを繰り返す事はしたくありません。


マラソンの自己記録を更新できないまま大田原マラソンも完敗に終わり、マラソンランナーとしては崖っぷちのつもりで、今まで一番成功した丸亀ハーフからのびわ湖マラソンというパターンで勝負したいと思います。


龍馬マラソンの知名度を利用しておきながら、応援してくれる人の期待を裏切るような選択をしてしまいましたが、この性格が
周りに振り回されず一つのことを続けてこられた秘訣でもありました。

きっとこれからもひねくれた選択で周囲の人を困惑させるのでしょう。

こんなランナーですが、これからも忘れず覚えていただければ幸いです。

本日も長文読んでいただき、ありがとうございました m(_ _)m

 

※この記事は2016年の記事です。